ermhoi 初ソロ作品『Junior Refugee』 自由奔放にジャンルを超えた宅録サウンドの行き先

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アイルランド人の母と、日本人の父を持つ山梨県出身のジャズシンガー、トランペッターのエリンは、ジャズバンド・Mr.Elephantsの紅一点として活躍してきた。透明感あふれる歌声と抜群のメロディセンスから若手シンガーとしても評価を得ていたが、この度ソロ宅録ユニットとなるermohoi(エルムホイ)名義で活動を本格化させ、2015年12月16日に1st Album『Junior Refugee』をリリースすることが発表された。その才能は「ジュリア・ホルターより躍動的で、ローレル・ヘイローより軽やかで、FKA ツイッグスより牧歌的でドリーミー」と称される。
エレクトロニカを基調としつつ、表現の幅を超えて生み出される彼女の音の奥行きは、ジャズ、インディロック、アンビエント、ポップと底知れない情報量を感じさせる。音楽への自由度を恐れず、むしろ楽しみながら組み合わせていく彼女の柔軟なセンスは、音楽一家に育った家庭環境や、「欲張り」と自称する絶え間ない興味の幅広さにあった。ermhoiこと、エリンに話しを聞くことが出来た。
[Interviewer:加藤彩可]


音楽はずっと家庭にあって、知らない間に流れているような家でした

——今回はソロ活動について掘り下げてお話を聞かせて頂ければと思います。出身は日本で、山梨で育たれたんでしょうか。

はい。

——ご自身が一番最初に音楽を聴き始めたのは、いつくらいなんでしょうか。

音楽はずっと家庭にあって、知らない間に流れているような家でした。だからいつ始まったかって聞かれるとはっきりはわからないですね。両親共々すごく音楽が好きなので、一緒にずっと聴いてました。

——ご両親はどんな音楽がお好きなんですか?

父親はジャズ、クラシック、ボサノバで、母親は60年代70年代のフォーク、あとは日本のソウルフラワーユニオンとか沖縄民謡、異文化ミクスチャーな音楽を聴いてましたね。

——そういうお父様のクラシカルな音楽性と、お母様のポピュラーでオーバークロスな部分をどちらも吸収していった感じなんですね。

そうですね。あんまり偏ってないかなと思う。あとは姉の影響も大きいです。歳離れていますが探究心のある人なので、その当時流行っていたロックやポップ、R&Bなどを聴かせてくれていました。

——ご自身は小さい時に音楽をやりましたか?

ピアノを習っていて、クラシックの発表会がありましたね。あとはトランペットを10歳の時に始めたんですが、それが自分で選んでやり始めた音楽の初めての形になります。

——自らトランペットをやりたかったの?

目立ちたがり屋なので。小学校に吹奏楽のグループがあったんです。みんな初心者だから下手くそなんですけど、そんな中で誰が一番大きい音出せるかっていうやんちゃな場所でした。トランペットはピアノと違って体を使うので、自分の息で音を出すことで、音との一体感を得られたように思います。

——その後はトランペットを続けられた?

はい。吹奏楽は高校までやりました。特に吹奏楽の音楽が好きだったわけじゃないんですけど、演奏という行為自体に心地良さを感じていて、普段はポップとかロックとか民族音楽を聴いていました。

 

「とにかく思いついたらやってしまえ!」「本気であればかっこいいぞ!」みたいな精神性に惚れた

——活動としてはジャズのグループ、Mr.Elephantsにも属されていましたね。
1Mr.Elephantsは先日も奈良に行って演奏したりとアクティブに活動を続けているんですが、私だけ抜けている状態です。自分一人でやる音楽がどういう風に人に受け入れられるのかを見てみたくて。一人で曲を作り始めたのはMr.Elephantsが始まる前からなんですが、ジャズの語彙を使って曲を作ることはなく、DTMで感覚的に作っていて、なかなかそれをバンドの中で共有できずにいました。「私はこういう音楽がやりたい」と思う反面で、彼らが共有してくれる音楽をやる関係が続いて、「自分がやる音楽は一人でしかできないのかな」と思ったのは去年くらいからですね。

——Mr.Elephantsはいつ頃から参加されていたんですか。

2011年の11月くらいから一緒にライブをして、それ以降は特に参加していなかったんですが、アルバムを出すと言われて2012年の夏頃に本格的に加入しました。
——DTMに触れ始めたのはいつ頃ですか?

2011年の冬ごろですね。

——2011年は同時期にDTMを使って自分で打ち込みを始めたり、Mr.Elephantsに関わるようになっているんですね。何か時期的なきっかけがあったんでしょうか。

その当時、近かった人たちが自分で音楽を作る人が多くて、社会人をやりながら家で作っていたんです。あとはグライムスみたいに宅録をやっている女の子とか、ココロジーみたいに姉妹二人組で変な音楽をやっていてるグループもいて、ココロジーは高校の時からずっと聴いているんですけど、バンド組んで決まった曲をやるわけではなく、ノリとニュアンスとセンスでやっていくような音楽に惚れていたんです。知識や技術がないと魅せられないわけじゃない。私もそういう風に表現してみたいなと思った時に、DTMソフトをいじり始めました。

——周りにいらっしゃった方とは、どんなところでお知り合いになったんでしょう。

ライブハウスとか、大学の先輩、OBですね。私は荻窪に住んでいたんですけど、荻窪にはベルベットサンというディープな場所がありまして、そこはフリージャズとか、少なくとも私が今やっている音楽とは程遠いんですけど、その自由さに結構感化されました。「とにかく思いついたらやってしまえ!」「本気であればかっこいいぞ!」みたいな精神性に惚れたし、近所だったこともあって通いましたね。たまにスタッフとして手伝ったり、そういうことが重なっていました。

 

多国籍感 異文化 そこから生まれた今作『Junior Refugee』のジャンルレスさ

——ちなみに、このermhoiという名前はどこから?

正直5秒くらいで考えたんです(笑)。私の本名に字面と響きが合わさって、多国籍な感じがしたんです。意味はないんですけど、パッと思い付いて気に入って。

——音楽にしても、一つお名前をつけるにしても、枠を広く大きく捉えていらっしゃいますよね。

あんまり一つに固執したくないし、できないんですよ。みんな何だかんだいろんな要素が混ざって生きているわけだから、コレといって一つの物を持たないといけないわけでもない。そういう考えが表れているのかな(笑)。

——ご自分のそういう部分って、どのルーツから来ていると思いますか。

まず性格上、欲張りなんです(笑)。なんでもしたくなっちゃう。あと、一つにハマる性格ではないんですよね。全部にいいところがあると思って音楽を聴いている。ルーツは、母親がアイルランド人という全く違う文化圏から来た人ということと、父親が日本人だけど異文化が好きな人ということで、自分の環境が常にいろいろな方向に触手を持っていたいと思わせてくれた気がします。アルバムにもそれが表れているんじゃないかな。

——具体的に、アルバムのどんなところに表れていますか。

まずジャンルが統一されていないんです。若干ポストロックっぽいところもあったり、R&B調もあれば、ラップもあって、トライバルな感じもあるし、ポップなところもある。今回は入れていないんですけど、アコースティックも本当は好きなんです。あとジャズも好きだし。そこは節々に出ているのかなと。

——確かにドリーミーなところもあればドープな部分もあって、ちょっとミステリアスに感じたかと思えば、可愛らしい一面が見れたりと、音が多岐に渡っていると思いました。でも全体を通してはエレクトロにまとまっている。やっぱりそこは、エレクトロがやりたかったんでしょうか。

はい。DTMを始めてようやく曲を作れるようになって、自分が積み重ねてきたものを完全に出せるのは、今はエレクトロだなと思ったんです。

——今作の作品名が『Junior Refugee』ですが、どういう意図でこの表題を付けたんですか?

これは大人になりたい、でも大人になりたくない、大人かもしれないし、大人ならこうするとか、大人になる段階で青年期に逃避するのか、青年期から逃避するのかっていう意味が込められています。大人になる途中での難民というか。どこに居場所を置いたらいいのかっていう不安定な時期もいろいろ重なっていったので、そういう意味もあります。