下北沢MOSAiC店長 森本真一郎 コラム第7回「全裸で怒られた道後温泉」

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こんにちは。
下北沢MOSAiCの森本です。

すっかり11月分のコラムが遅くなってしまいました。。
いやー熱が冷めているワケではないんですよ!
まあ誰も見てないか。
いや、一人でも読者が居れば、私は燃えます!
愛してます!LOVE♡

さて、前回のコラムは旅のお話しはお休み致しましたが、今回はまた旅の話に戻りたいと思います。
前々回のコラムを読んでおいてくださいね♡

四国の愛媛に入り内子駅で朝を迎えた私は、自分の身体から酸っぱい異臭を放っていることに気が付いたのです。

「そろそろ風呂に入りたい」

考えてみると旅に出てからというもの、まだ一度も風呂に入っていない。
パンツも替えてない。
ヒゲは元々薄いけど、薄いだけに剃らずにおけば、短いのがチョコチョコ芽を出してみすぼらしい感じになってる。。

道行く人に事情を話しいろいろ情報を集めていると、なんとあの有名は道後温泉も日帰りで入浴出来るらしいじゃないですか!
おーそれは有難い!
ということで、その日は内子から松山方面を目指すことにしました。

国道56号線をヒッチハイクで北上し、松山に着いたのは夕方くらい。
さっそく松山のチンチン電車で道後温泉へ向かい、さっそく自分のチンチンを洗いたい衝動に駆られていたのでした。

日帰り入浴出来る欲情には、いや浴場には、ご老人たちがわんさかおりまして、それはそれは賑やかでした。
私は久しぶりのお風呂に感動しておりました。

「風呂ってこんなにも有難いものなのかー」と。

真冬の愛媛で、私の身体はシンまで冷え切っておりました。

久しぶりのお風呂に浸かると、

「あ”ーーー」

という意味不明な言葉が出てきました。
縮こまっていたチンチンも、違う意味で元気になっていったのでした。

お風呂から上がると、私はとにかく大量の荷物を整理したかったのです。

無駄に大阪からリュックに荷物を詰め込み、中には”こんなもん持ってきてどないすんねん!”というような余計な荷物も沢山ありました。

脱衣場で替えのパンツを探しながら、フルチンで荷物の中身をひっくり返しゴソゴソ始めていると、

「コラー!ここでそんな汚いもん広げんなボケー!!何を考えとるんじゃー!!」

と見知らぬお爺さんに大きな声でドヤされたのでした。

「すいません!すぐ片付けます!!」

と言って私はフルチンのまま、慌てて荷物をしまい始めたのです。

まわりのご老人たちは、私たちのそんな光景を見ながら、ゲラゲラ笑っていたのでした。

怒っていたお爺さんは脱衣場のイスに”デーン”と座り、私の行動を監視していました。
お爺さんもフルチンで、いろいろ立派なお方でした。

「その床、雑巾で拭け!」

とお爺さんは言うのでした。

「すいません!ほんますいません!」

と言いながら、私はお爺さんに四つん這いで肛門を見せながら、近くにあった雑巾で水拭きをしたのでした。
恥かしいけど、見られてる快感。

「おお、綺麗になったらそれでええんや」

と言って、お爺さんは先ほどとは別人のように、ニッコリと笑顔を見せてくれたのでした。

「まあ座りなさい」

とお爺さんに言われ、私は隣のイスに腰掛けました。

「旅か?」

とお爺さんは言うので、

「まあ、そんなところです」

と私は答えました。

しばらくすると着替えを終えた別のおじさんが、ツカツカと私の所に向かってきて、こう言うのでした。

「この辺に住んでるから、お前今日泊まるか?」

と言うのでした。

「マジっすか!ぜひ!」

と私は答えました。

今日は久しぶりに布団で寝れるかも知れん!
温かい部屋で寝れるかも知れん!

そう思うと、俄然テンションが上がりました。

そのおじさんは映画評論家でお馴染みの、水野晴郎にメガネかけさせた感じの、優しそうな雰囲気。

気が付けば街も夜に向かって薄暗くなってきており、私も今日はもう動きたくないなーという気分になっていたのでした。

「うちに安物の鯛があるから、それを鍋にして一杯やるか」

と水野メガネは言うのでした。

聞くところによると、その水野メガネは道後温泉の近くの旅館で番頭さんか何かをやってるらしい。
温泉街を二人で歩きながら、路地裏に並ぶストリップやピンサロを一件一件丁寧に説明してくれました。

「今日お前、ヌキたいんか?ほんならここがええぞ」

とわざわざピンサロか何かのマスターまで紹介してくれたのでした。

しかし今ここでその為に金を使う気になれず、私は有難くお断りしたのでした。(ほんまやで)

水野メガネの家は、普通の小さなアパートの一階にありました。
久しぶりのコタツの上には、小さな鍋に鯛やキノコや野菜が大量に詰め込まれていて、それらが「はよ食ってくれ」と言わんがばかりにグツグツ踊っていたのでした。

水野メガネは太っ腹な男でした。
「飲め飲め食え食え」と言って私に酒と鍋を振る舞ってくれたのでした。

すっかり酔っぱらって、コタツでウトウトし始めた私に、水野メガネは言うのでした。

「若いうちは何でも挑戦や。ええか。やりたいことが二つも三つもある場合は、全部やり遂げるつもりでガメつくいかなあかん。その変わり、これは失敗やと思った時は、早めに潔く諦めるんや。ええか。」

と言うのでした。
その頃の私にはあまりピンと来ない言葉でしたが、今になっては「なるほどなー」と感じるわけであります。

あとこれも言ってた。

「四の五の考える前に行動せえ。何でも自分の手で触りに行くんや。熱いか冷たいか自分の手で触らなあかん。それが経験や。」

と言うのでした。

私はぼんやりと水野の顔を眺め、「うーん、なかなか難しいなー」とぼんやり考え、
やがて意識が薄れて行き、そのまま眠ってしまったのでした。

翌朝私は水野メガネに精一杯のお礼を言い、家を出ました。

松山の駅前まで行くと、沢山の人で賑わってる。
そういえば、今日は日曜日らしい。

水野メガネの言葉を思い出して、「よっしゃ俺はまだまだガツガツいくぞー!」と鼻息を荒くしたのでした。

さあこれからどこへ行こうかなーと考えながら歩いていると、引っ張っていたカートが何かに引っかかって転倒した。
ゴムが外れて荷物が落ちてしまった。

「あー、めんどくさ!」と思いながら荷物を括りなおしていると、後ろから誰かの視線を感じる。

振り向いてみると、そこには髪を茶色とピンクに染めたギャルが、私を見つめていたのであった。

つづく。。

▶プロフィール
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森本真一郎
下北沢MOSAiC 店長 / Label Shiro 代表
1978年生まれ 兵庫県出身
中学卒業後さまざまなバンド活動を経て、2001年に全国を放浪。
上京後に加入したバンドが解散後、弾き語りでのソロ活動を開始。
2006年下北沢LOFTレーベル『おかげレコード』よりファーストアルバムリリース。
スタジオミュージアムにてマネージャーとして勤務後、下北沢MOSAiCの店長として就任。
現在に至る。
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