Ancient Youth Club 1500kmを越えた “AYC”という意識

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札幌と鹿児島、遠く離れた地で住んでいた10代のメンバー4人が集まったバンド、Anicient Youth Club。どんどんとバンドを加速させる彼らは、行動力と同時に、冷静にバンドを見つめる眼を持っていた。

撮影:nattaco / 取材:船底春希


Twitterをきっかけにスタートしたプロジェクト

――まずは結成の経緯から聞かせて欲しいんです。途中加入のK.Jくんを除くと、当時樋口くんは札幌、大野くんと今井くんは鹿児島在住で、なかなかバンドを組もうってなる距離じゃないよね。

今井(Ba&Cho):まずぼくとゆう(大野)が2013年の1月頃にTwitterで知り合いました。弾き語りのライブを観に行ったんです。ゆらゆら帝国の『空洞です』がすごくよかった。1曲目だったのをよく覚えてるよ。

大野(Vo&Gt):当時はまだカバーしかやってなかったね。

今井:でも面白かったのが、そのときにはもうiPadで打ち込みを入れてたんです。その日のうちに意気投合して、一緒に音楽やりたくなって、次の日には二人で家具と家を見に行ったんだよね。

――それはずいぶんと早い展開だね(笑)

今井:一緒に住みながら曲作りしたかったからさ。

大野:初めて会った日に朝までスタジオで映画観たりギター弾いたりして遊んで、ネットで物件探して、じゃあ明日ここ見に行こうかって(笑)

今井:本気だったからちゃんと不動産屋さんも呼んで見に行ったんだけど、結局実現できなかった。でも、その日から毎日のように遊んでたよね。そのときぼくは16歳で、ゆうは17歳。

――今井くんもそのときはなにか音楽やってたの?

今井:バンド組んでギター弾いてたけど、ぜんぜんうまくいってなかったです。

――そうなんだ。そこから、二人と樋口くんの出会いは?

樋口(Gt&Cho):ここもTwitterで、2013年の夏頃かな。GalileoGalileiの尾崎雄貴さんがゆうがVineにあげてた弾き語り音源をリツイートしてて、同世代にこんな子がいるのか、すごいな、と。ぼくも当時こうじ(K.J)たちとバンドやってたけど、かなり個人のものになっていて、Sound cloudに一人で作った音源をあげてたんだよね。で、今度はそれを聴いた二人から、一緒にやらないかってダイレクトメールで連絡が来たんです。

50 ゆう&りゅうせい
――その後しばらくは遠距離で音源をやり取りして活動していたけど、ライブをしようとか、近くに住んで活動しようっていう気持ちは最初からあったんですか?

樋口:まったくなかった。

大野:そもそも会うつもりさえなかったもんね。

――AYCをそれぞれの活動のメインにしていくつもりではなかったんだ?

樋口:なかったなかった。本当にラフな気持ちで。

大野:遊びのつもりだったな。

今井:こっちはこっち、むこうはむこうでやって、AYCは勉強会みたいな位置付けだよね。
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