HIGH BONE MUSCLEを育てた場所 “ヘルハウス” の秘密に迫る

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小田急線某所にある“ヘルハウス”。一見怪しげな名前だが、実は4人組ギターロックバンドHIGH BONE MUSCLEが誕生した大切な場所であり、今回2015年5月20日にリリースされる3rd single「ヘルハウス」の舞台なのだ。
メンバーが高身長の池田武史(Ba)=HIGH、痩せ形の兄・鈴木啓(Vo / Gt)=BONE、筋肉質の弟・鈴木龍二(Dr)=MUSCLEであったことからHIGH BONE MUSCLEと名付けられ、のちに萩原武史(Gt)が加入する(そして彼は何故か今回のジャケットでカブトムシに描かれている…)。
彼らは人懐っこい人柄で、人懐こい音楽を鳴らし、周囲の人を巻き込んでいく。プロフィールには“仲間を増やしていくRPG系バンド”と書いてあるが、今年に入ってからはとうとう音楽事務所まで味方に付けた。
彼らの魅力は何処からくるのか?そして“ヘルハウス”とは何なのか?取材に訪れた筆者が案内された場所はなんと…“ヘルハウス”!今も尚、彼らを支えるその場所で4人のメンバーに話を聞いた。

取材:加藤彩可


ヘルハウスとは…その1、鈴木家のこと!

――結成は何年になるんでしょうか?

鈴木龍二(Dr、以下龍二):2011年3月31日です。5年目のバンドかな。

――日付まで正確に覚えてらっしゃるんですね(笑)。これ震災直後ですか?

鈴木啓(Vo/Gt、以下啓):3月31日が初ライブで自主企画だったの。震災が起きる前からやるって決めていたけど、地震で結構大変だった記憶がある。その時は3人で、ギターの萩原が加入したのは2013年。俺たちは萩原も全員幼なじみで、最初は別の同級生がギターをやっていたんだけど、そいつが東大生で、しかも弁護士になるってことで抜けて、萩原が入ってくれた。

――みんながそれぞれ楽器を持ち出したりしたのは?

啓:中学生だね。俺のお父さんがドラムをやっていて、ドラム、ベース、ギターと、しょぼい宅録機材って機材が一式あったの。うちは“ヘルハウス”って呼ばれていたんだけど、その家に池田も萩原もみんなめっちゃ遊びに来ていて、遊びに来たやつ全員に楽器をやらせていた(笑)。来たやつ誰これ構わずにアーティストのコピーしたりして遊ぶみたいなのをやっていたのが、多分みんなが楽器を触った最初かな。ちなみに今住んでいるこの家は第3代目ヘルハウス。

――ハイボーンはバンドにご兄弟がいらっしゃいますが、啓くんがみんなで遊んでいる中に弟の龍二くんも混ざっている感じだったんですか?

龍二:うん。だから俺は兄貴と同じ2個上の先輩の友達が多いかな。もともと兄貴は小6からドラムをやっていて、俺も小4から触っていたの。初めてバンドやったのは俺が中1の時で、BUMP OF CHIKENのコピーをやったんけど、ボーカルが骨折して仕方なく兄貴がボーカルになったのね。でも今度ドラムがいないから兄貴が「お前やれ」って言って来て、そこで初めて俺と兄貴っていう軸が生まれた。

――啓さんはドラムだったのか!兄弟は小さい時から仲は良かったんですか?

池田武史(Ba):仲が良いというか、主従関係かな(笑)。絶対服従だよね。歯向かったら殺されるからね。

龍二:例えば俺が小学1年生で兄貴が小3だった時、起きたらまず「龍、(俺の)着るもの探してこい」みたいな(笑)。それはいまだに忘れない一個の関係だよね(笑)。

啓:でも仲は良かったよ、それなりに(笑)。
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ヘルハウスとは…その2、中学生にして半ルームシェア状態!

――ヘルハウスが生まれた環境っていうのも気になりますね。

啓:単純に、両親が共働きで常に家を空けていて、生活費を中学生にいくらか渡してる状況だった。「これで飯食え」みたいな。でも、遊ぶじゃん(笑)。結構な額だったし、別に飯なんてカップ麺でいいし、マック食ってればいい。「じゃあ遊ぶべ」みたいな。で、みんな呼んでお菓子買って食いながらゲームして…ってところから始まったね。

――じゃあ中学生の時から半分ルームシェア状態ですよね。

一同:そうだね(笑)。

池田:だから中学生に部屋とお金を与えちゃいけないんだよ。

龍二:それが旧旧ヘルハウスなんだけど、旧ヘルハウスの方がかなりちゃんと生活していたよ。それはおばあちゃんの家。ヘルハウスにしちゃった(笑)。飲み会があって、みんなが飲み過ぎて死ぬわけよ。7人くらい床とかに横たわってたりしてさ。で、「ヘルハウスだな」みたいな。あれ、ヘルハウスって言葉いつからあった?

啓:ニーノがよく言ってたよね、ヘルハウス、ヘルハウスって。ニーノって全然違う友達ね(笑)。楽しい家なんだけど最後はみんなぶっ倒れてて、その様相が地獄だなみたいな(笑)。

――萩原さんもヘルハウスに結構遊びに来ていた覚えはありますか?

萩原武史(Gt):中学校の時によく行ってた。啓と知り合ったのが中学で、啓の家に行って初めてギターを触ったっていうところもあったし、あとは平日も休日も関係なく遊びに行ったな。

池田:ヘルハウスって365日誰かしらいたの。誰が居るかわからないし、起きたら誰もいないこともある。俺が泊まりに行って起きたら誰もいなかった(笑)。

啓:俺がサッカー部だったからサッカー行っている間にみんな遊んでいるみたいなことはよくあった。

龍二:児童館みたいなイメージだね、ある種(笑)。学校とかで問題になってた。「なんでそんな場所があるんだ」「危ない」って。

――「危ない」まで言われちゃうの?

啓:でも基本的にはみんなが集まって遊ぶ場所って認識で間違ってないよ(笑)。危ないことは何もしていない(笑)。

龍二:ただ、警戒されてたね。PTAから(笑)。

池田:無法地帯だったからねぇ。しかも「夏休み30日ずっと啓ん家に泊まってくる」って言い出したらね、そうなるわな。

ヘルハウスとは…その3、スペシャ垂れ流しの音楽環境!

――先ほどBUMP OF CHIKENの名前が出ましたが、思春期をヘルハウスで一緒に過ごす中で、音楽も共通のものを聴いていたりした?

龍二:うん。アジカン、BUMP、ラルクとか、その辺だよね。

池田:ずっとMTVとかスペシャ垂れ流しだったもんね。それかスマブラの最後ずっと拍手してる画面とか、ウイイレのハイライトがずっと流れてた(笑)。

――垂れ流し…最高じゃないですか!

龍二:アニマックスとかも常に流れてた。DOPING PANDAとかも流れてたな。でも俺が当時一番よく覚えてるのはRADWINPSだね。有心論かな?めっちゃみんなで「なんだよこいつ~」ってディスってた。でもバカ売れして(笑)。今となってはいいなと思うけど、当時中学生ながらに言っていた記憶がある。

――中学生と言うと10年くらい前の2000年代始めですから、BUMP、RAD、アジカンの主流感はあった。今でもその辺りのバンドに影響を受けていますか?

啓:うーん、やっぱそうなんじゃない?思春期に聴いた音楽ってやっぱり残ってるよね。

――萩原さんは他の3人とは少し違ったアプローチをお持ちだなと以前から感じていたんですが、何を聴いてこられたんですか?

萩原:バンドでは色々ありすぎるけど、ジャンルで言えばインストゥルメンタルのメタルやハードコア、プログレ、そういう辺りが好きでずっと聴いて、練習していましたね。だからHIGH BONE MUSCLEを初めてやった時はギターロックっていうジャンルに最初は付いて行けなかった(笑)。

啓:初期からの3人は基本的にギターロックと近いようなジャンルで育って来た。池田はTHE BACK HONE、俺はsyrup(16g)とかニルヴァーナとか。そういう意味で萩原は少し違ってるかもしれない。

龍二:俺、ORANGE RANGE!ミクスチャー!Rage against the machine!