ATLANTIS AIRPORT sonezakiとy0denの間〜y0den編〜

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top_yoden音楽にめちゃくちゃ詳しいミュージシャンが曲を作ると、その前情報を知らなくても楽曲に込められた情報量が多いことを一瞬で感じられることがある。ATLANTIS AIRPORTを聴いた時も例外なく一瞬でそのことを感じられた。この人、多分ヤバそうだな、というワクワク感を抱いた時点で、私も変態かもしれない。
前半として公開されたATLANTIS AIRPORTのボーカルsonezakiのインタビューを受け、キーボードでありバンドの中心人物であるy0denは音楽をどのように捉えているのか?楽曲の高性能さを司るブレインの音楽遍歴から日頃の思いを語ってくれた。前編の作品をより深められる「sonezakiとy0denの間〜sone編〜」と合わせて、後編のy0den編も読んで欲しい。
取材・加藤彩可


最初は分からなかった音楽が理解出来て、音楽に対して寛容になる

——先日、sonezakiさんのインタビューをしました。その2人の間を取った曲達が今回生まれたということで、まずはy0denさん自身のことを聞かせて頂ければと思います。そもそもの音楽との出会いは?

y0den:僕はまだネットが普及していなかった世代なんですね。だから兄貴ぐらいしか音楽の情報を得られる存在がいなくて、90年代だったけど、兄貴の部屋から新しいCDを手にして音楽を知っていった。最初はオアシスとかスマパンとか、べたべたなところでしたね。あと、雑誌の企画で洋楽おすすめ、名盤特集とかあると思うんだけど、それを読んでレンタル屋で借り漁った。最初は全然わからなかったです。ターニングポイントになったのは一番大好きなレディオヘッドです。名盤として名高い『OK コンピューター』って作品があって、最初はよくわからなかったんだけど、2曲目の「Paranoid Android」の良さがわかった瞬間から「音楽って自由なんだ」と思った。名盤って多くの人の支持を得て名盤になっていくと思う。その意味が分かると、更に色んな音楽を聞きたいって思うんですよね。それ以降はプログレとか色んな作品を聞いても理解出来るようになった。色々あるけど、音楽に対して寛容になったきっかけですね。

——では徐々に王道どころ、名盤から掘り下げていったということですね。ATLANTIS AIRPORTのバンド名は少し難解といわれるような楽曲もポップに聞かせる、それをハブ空港に例えているというところから来ていますが、音楽を聞きやすいような形でやっていこうとした理由みたいなところはありますか?

y0den:レディオヘッドは世界で一番窓の広い実験音楽って言われていて、それが結構しっくり来ているんです。トム・ヨークがブラーの『Parklife』という作品に対して、「あれはすごく名盤だ」「僕たちもああいう作品を作らなければいけない」って言っていた。『Parklife』は大衆ウケする作品だし日本でも流行っていいくらいポップな作品なんです。レディオヘッドっていう気難しそうな印象のあるバンドが、そういうポップソングを作ることへの意識があることに尊敬を感じていますね。

——お兄さんの影響で洋楽を聞こうと思ったのは年齢的においくつくらいですか?

y0den:中学くらいかな。でもレディオヘッドとかをレンタルするようになってからは自分で音楽を探していて、高校に入った時点では兄貴より全然詳しい状態になってた(笑)。時間があれば聞いていたよね。自分の栄養を得る感覚で、肥やしになると思っていたから、「無駄遣いじゃないぞこれは!」と小遣いを費やしていた。ブックオフとか中古屋に行くと名盤が250円くらいで売っていたので、当時はMDに入れては売ってを繰り返してました(笑)。今はYouTubeがあるけど、その時は何も無い。何かの使命を感じながら、大学後半くらいまで続けていましたね。
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「サブカルを卒業して物知り人間になるから、今は放っとこうよ」

——最近は映像も作られていらっしゃいます。お仕事でも映像制作をされていますが、映画がそもそもお好きだったんですか?

y0den:実は中2くらいまで映画監督になりたかったんです。でも徐々に映画を作ることがどれだけ大変かって分かって来て、集団行動苦手だし、人望もどうなんだろうとか思って(笑)、好きだったけど諦めたんですよね。兄貴が買って来た雑誌の影響で名作を見漁っていた。70年代辺りのアメリカンニューシネマとか、SF映画を漁ったりしましたね。イギリス映画で「トレインスポッティング」って有名な作品があるんですが、当時90年代に流行っていたブラーやアンダーワールドなど、様々な人が楽曲提供していたんです。内容はただの青春ドラッグ映画なんですけど(笑)、あの映画のインパクトがすごくて、単純にカッコいいなと思っていた。そういうところにも影響は受けているんじゃないですかね。あとはレディオヘッドやビョークのPVを見ていると、やっぱり面白いんですよね。映画監督で活躍しているミシェル・ゴンドリーだとか、エイフェックス・ツインのクリス・カニンガムとか…要は狂ってるんです(笑)。昔から思うのは、トラウマってその後に中毒になるということ。僕はV系世代なのでラルクとかLUNA SEAが好きで、彼らは「そんなことするの?」っていうPVとか作品とか作るんですよ。今考えるとあれがポピュラーになるってすごいことだと思うんですけど、トラウマレベルになるような刺激的な作品だった。見ちゃいけないのに見ちゃうというのが、トラウマから中毒に変わる瞬間だと思う。

——例えば今までにy0denさんが中毒になったものって、どんなものがありますか?

y0den:分かりやすく言えば、サブカル厨に一度なったんです。正直サブカル厨って痛いじゃないですか(笑)。でもある意味で知識欲があるから、そういう人間はいつしかサブカルを卒業して物知り人間になるから、今は放っとこうよって思うんです。今で言うレジェンドや著名人も昔はそうだったと思う。例えば大槻ケンヂさんとか、自分がサブカルであることに酔いしれている作品があったりするけど、そういうところを卒業して何者かになる。だからサブカルっぽい作品や、寺山修司とか、あの辺も名作だから一応は見ます。一過性なもの、消化作品よりも自分には肥やしになるし、そういう作品を通ると色んな人と話すためのコミュニケーションツールになるのかなって思う。

「僕は音楽大好きだから尊敬を持ってやりたかった」

——楽器を始めたのはいつになりますか?ピアノをやっていたとか?

y0den:高2でギターで、ピアノはちょっとだけ習ったけど、全然です。

——ギタリストから鍵盤になったのは何故?

y0den:2つ理由があって、1つはギターを始めて、NUMBER GIRLにズブズブにハマった時期があったんです。NUMBER GIRLの影響力でNUMBER GIRL以前、以降っていうくらいギターロックシーンは変わったと思うですが、僕も例外なく向井さんにズブズブに影響を受けた。要は真似っ子だったんです。テレキャス買って、あの音を出して、向井さんっぽい歌詞とかMCとかして…もう黒歴史!でもそういうバンドはたくさんいて、よくあることだったんです。ただ見ていて違和感を感じてきて、自分のやっていることも恥ずかしくなってきて、NUMBER GIRLからすごく距離を置いた。そこから今度は自分の音を探してみようと思って、ギターも置いて鍵盤にしてみようと。僕は音楽大好きだから尊敬を持ってやりたかったし、影響を受けたことを良い意味で出したかったんです。あともう1つの理由は、当時付き合っていた彼女とよくケンカしていたんです(笑)。好き同士なのに何でケンカしちゃうんだろうなって思って、彼女がクラムボン好きだったから、クラムボンの曲をコピーしたら喜んでくれるかなって思ってピアノを買ったんですよ(笑)。

——それは愛ですね(笑)。でも、お付き合いしていた方の影響ってありますよね。

y0den:美大の子だったんだけど、美術館に行ったりしましたね(笑)。僕は全然分からないんだけど、雰囲気が好きだから面白かったです。芸術とか娯楽って極端に言えば必要ないんだけど、なんだかんだ需要があるのは現実じゃなくそういう世界に行きたいとみんな思っているからじゃないかな。俺もそういうものを見てみたい欲が強い。極端に言えばなんでもいいんですよ。僕は単にその中でミニマルっぽいものをやっているだけだから、色んな切り口から見たい。俺自身、その世界に入り込んで離さないくらいの作品が好きです。

キーボディストだけど、ギタリストの感覚でやっている

——キーボードにエフェクターを繋いでらっしゃるじゃないですか。しかもそれなりの量を。あのスタイルも斬新ですよね。

y0den:あれは単に俺がギタリストだったからじゃないかな(笑)。今もギタリストの感覚があるし、キーボディストの端くれのつもりだけど、いわゆる鍵盤奏者の意識ではないからちょっと申し訳ないくらい(笑)。リフとか考え方も1回書き出して鍵盤に移し替えている感じです。ギタリスト時代もエフェクター繋げてやってたから、その名残。あとはギタリストに褒められた方が嬉しかったりするんですよ(笑)。